"彫刻の歴史: 先史時代から現代まで" アントニー・ゴームリー/マーティン・ゲイフォード
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Title: "彫刻の歴史 先史時代から現代まで"
Author: アントニー・ゴームリー/マーティン・ゲイフォード
Publisher: 東京書籍
言語: 日本語
サイズ: 23.4 x 29.2 cm


彫刻界の巨人アントニー・ゴームリーと気鋭の美術批評家マーティン・ゲイフォードが、ストーン・ヘンジから鎌倉大仏まで、ラオコーンからダミアン・ハーストまで、古今東西の「彫刻」の流れを、18のテーマ・論点で語り尽くす。
大著 ❝Shaping the World❞ の日本版。

【本書の特徴】
・彫刻の世界的巨匠と、いま最も注目される批評家による対話で構成。
・18 のユニークな歴史的論点により、「彫刻」の流れを徹底読解。
・世界各地の代表的彫刻・立体作品を大判フルカラーで掲載。
・先史時代の遺跡・遺物から、現代の彫刻、芸術動向の展開までを厳選。

【本書に登場する彫刻・遺跡・遺物の例】
ミケランジェロ、ドナテルロ、ベルニーニ、ロダン、ジャコメッティ、ブランクーシ、ヘンリー・ムーア、リチャード・セラ、アンソニー・カロ、ドナルド・ジャッド、カール・アンドレ、トニー・クラッグ、アニッシュ・カブーア、ルイーズ・ブルジョワ、レイチェル・
ホワイトリード……など数多くの彫刻家の作品を掲載。
また、古代ギリシャ・ローマの彫刻、手斧、石器、洞窟画、ストーン・ヘンジ、アンコール・トム、トーテム・ポール、ホア・ハカナナイア(モアイ)などの遺跡・遺物、さらに兵馬俑、仏塔、涅槃仏、大仏などの東アジアの事例も多数掲載。

序文 彫刻-世界をかたちにする方法
 ひと眼見たら忘れることができないのが、アントニー・ゴームリーの彫刻だ。たとえばその代表的なシリーズにしても、言ってみれば鈍色の金属でできた等身大の人物像が立っているだけなのに、私たちはふと眼に留めたその彫刻が、周囲の風景を一変させていることに気づく。しかもそれは、作者自身のからだを型取りしてつくられたものだという。抽象化された人物像からは、人格や感情が読み取れるわけではない。なのに、そこから眼が離せなくなるのは、私たちがその作品のどこかに作者自身を、あるいは世界に佇む人間のありようを、見てとるからなのかもしれない。
 本書を読めば、この印象的な作品が古今の、そしてグローバルな彫刻に対する極めて知的な探究に支えられていることがわかる。自分自身を型取りするというのも、それだけをとれば素朴な発想に違いない。だがそれが「人体」であることや「立つ」ことのうちには、たしかに彫刻という芸術のひとつのエッセンスがある。彼はその発想を、この芸術の歴史に対する深い理解から導き出したのである。
 こうして優れた彫刻家であると同時にその語り手でもあるゴームリーに、本書では美術史家・批評家のマーティン・ゲイフォードが加わる。ときに鋭い飛躍を交えたゴームリーの言葉を、ゲイフォードは、該博な知識で引き取り、さらに広範な論点へとつなげてゆく。結果としてふたりの対話は、直線的には進まない。けれどそのぶん、ふたりとともに私たちも、「彫刻」をめぐって思ってもみなかったような視角をいくつも訪ね歩き、そしてそのつど、不動で堅固とされてきたこの芸術の柔軟な可能性に気づくことになる。
 現代を生きるふたりの対話はまた、この時代も映し出す。先史文明の所産に強い関心が寄せられることさえ、21世紀になって一段と更新された人類学の知見があってのことだ。話題はもちろん、現在の彫刻が気候変動のような文明の危機に応答していることにも及ぶ。私たちの社会の政治的課題と、彫刻の関係についての議論も避けられない。かつて権力を称えるために立てられた彫刻作品はいま、旧共産圏やBLM運動の渦中で、その権力を批判する声とともに倒される運命にある。私たちはそのことをどう考えればよいのか。
 そしてふたりの議論は、知識や理論による説明に終始することがない。彼ら自身の作品体験とそこから生じた感情——ふたりはそこで対立することもある——の率直な記述は、ではあなたならどうだろう、と読者を誘う。
 このいきいきとした対話の空気を伝えるために、本書ではおもにゴームリーの言葉を石崎が、ゲイフォードの言葉を林が訳出するかたちをとった。訳者ふたりの語彙や語調の微細なずれも、著者たちの息づかいを伝えるものとして残してある。本書の原題にあるように、多種多様な彫刻がそれぞれに「Shaping the World=世界をかたちにしてゆく」さまを、この息づかいとともに受け止めていただけるなら、訳者としてこれにまさる喜びはない。

2021年5月
訳者を代表して
林 卓行

はじめに
 マーティン・ゲイフォードと私が繰り返し対話を重ねてきた結果、この本ができ上がりました。彼が文章を書く人、批評家であるのに対して、私は基本的につくり手であり、実践する側の人間であり、なにかを試し、物質的なプロセスに密接に関わり、ものを感じる人間です。以前マーティンがミケランジェロについて書いた圧倒的な本に、私はすっかり夢中になりました。彼はこの最初の近代的な芸術家が彫刻史のなかで果たしたきわめて重要な役割を、同時代の出来事や彼の内面と関わらせつつ、これまでにないやりかたで示したのです。
 私たちの議論には何度もミケランジェロが出てきましたが、その一方で私たちは、より幅広く物質文化に関わる分野のなかで彫刻を検討し、つくるという行為が、私たち人類の歴史の基礎的な部分を担ってきた過程についてあらためて知りたいと思っていました。
 私がここで議論したかったのは、ものの世界において、時の経過とともに彫刻がどんどん奇妙な物体になってきたとしても、彫刻には場所や文化、文脈、そして何千年もの時間を超えて一貫したテーマが横たわっているということです。だから「彫刻とはなにか?」という問いは「人間とはなにか?」という別のより大きな問いと密接に結びついているのです。
 彫刻は身体と関わりを持ち─あるいは身体に指示を出し─、身体を通じて心と関わりを持つことができます。彫刻は、ものの原理にしたがって考えるためのひとつの形式なのです。これこそが本質です。彫刻は錬金術に似ています。粘土や石の塊を、まったく別のなにかに変える営みだからです。そして彫刻の基本的な前提は、「物こそ要」という古い諺を思い起こさせます。このヴァーチャルなデジタル時代にあってなお彫刻は、私たちがつくりあげてきた世界と、その素材となった大地を問い直す重要な手段なのです。

アントニー・ゴームリー

 アントニー・ゴームリーと私は、彫刻をめぐる対話を最果ての地で始めました。文字どおりそうだったのです。2002 年、スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラのフィニステレ(大地の終わり)岬近くで彼の展覧会が開かれたことがきっかけでした。そこはまさに、私たちがこの話を始めるのにふさわしい場所でした。花崗岩でつくられた市街は、彫刻で飾ったロマネスク様式の大聖堂を擁しています。以降18 年にわたり、幾度かの中断を挟みながら私たちは対話を繰り返してきました。とくにこの2 年間は集中的に。このときの意見交換が本書の基礎になっています。もちろんそこには、そのあいだに私たちがともに、あるいはそれぞれに出会ったものごとに対して、考え、反応したことも含まれています。
 私にとってこの意見の交換は、美術史を─いつものように─史料や美術館での展示を介し、距離をおいて見るのではなく、まさにそれを実際につくる者の眼で見るという利点を持つものでした。本書の続きを見てもらえれば明らかですが、私たちの探索は通常「彫刻」とラベルが貼られているような、暗黙の了解が定めた境界を越え出るところにまで、私たち自身を連れ出してくれています。私たちは魔術や儀式、舞踊についても考え、さらに光や人間の行為、そしてなにもない空間までその対象として含むことにしました。こういった─そしてそのほかたくさんの─要素はすべて、この世界に存在する生(き)の素材にかたちを与え、人間にとって大切な意味のあるものにつくりかえる役割を果たしているのです。
 その領域は広大です。空間はもちろん時間という点でも。けれど私たちはそのすべてを渉猟しつくそうとは思いませんし、年代順に並べて調査しようとも思いません。本書の試みが進むにつれ、私たちはさまざまな時代や地域から選んだ作品を組み合わせて考えてみることを、刺激に満ちた─はっきりいえば楽しい─ものと感じるようになったのです。こうして私たちは、遠い祖先たちが制作したものと、まさにいま創造されたもののあいだの連続を考えるようになりました。読者の皆さまもぜひ、同じようにこの興奮に満ちた探索の旅に出かけてみてください。私たちふたりもそれを望んでやみません。

マーティン・ゲイフォード

アントニー・ゴームリー Antony Gormley
彫刻家。1950年、イギリス・ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学やロンドン大学ゴールドスミス・カレッジなどで学ぶ。
1980年代にブリティッシュ・ニュー・スカルプチュアの潮流の一角として活躍、現在も世界の彫刻界をリードし続ける。
エルミタージュ美術館やウフィツィ美術館などでの個展のほか、日本でも神奈川県立近代美術館葉山館や東京国立近代美術館などで展示・所蔵されている。
94年にターナー賞、2013年に世界文化賞など受賞多数。ケンブリッジ大学フェロー、ロイヤル・アカデミー会員。

マーティン・ゲイフォード Martin Gayford
作家、美術批評家、美術史家。ケンブリッジ大学で哲学を、ロンドン大学コートールド美術研究所で美術史を修める。
近著には、The Pursuit of Art:Travels, Encounters and Revelations, Thames & Hudson (2019)やデイヴィッド・ホックニーとの共著、A History of Picture: from Cave to Computer Screen, Thames & Hudson (2016、邦訳『絵画の歴史洞窟壁画からiPadまで』2017、青幻舎)などがある。

林 卓行(はやし たかゆき)
東京藝術大学芸術学科准教授。美術批評、美術理論研究。1969年生まれ。東京藝術大学卒業後、同大学院博士後期課程単位取得退学。専攻は20世紀後半のアメリカを中心とする現代美術研究。
主な著書に『ウォーホル 西洋絵画の巨匠9』(2006、小学館)、共訳書に『ART SINCE 1900 図鑑1900年以後の芸術』(2019)、監訳書に『ミケランジェロ・ブオナローティの生涯』(2020、以上、東京書籍)などがある。

石崎 尚(いしざき たかし)
愛知県美術館主任学芸員。1977年生まれ。多摩美術大学大学院修士課程修了。専門は近現代彫刻史と日本の戦後美術。
共著に『欧米のモダニズムとその後の運動 近現代の芸術史 造形篇 I』(2013、幻冬舎)など、共訳書に『ART SINCE 1900 図鑑1900年以後の芸術』(2019、東京書籍)がある。