アートとジェンダー/セクシュアリティを知る

今回は研究者の竹田恵子さんにアートとジェンダー/セクシュアリティをテーマにお薦めの本を選んでいただきました。

 

 

竹田恵子(東京女子大学 女性学研究所 准教授)

 近年、芸術分野においてもジェンダー間の不平等が大きなトピックとなっており、ジェンダーを主題とした展覧会、イベント、公開講座も多く開催されるようになってきた。

 これまで出版されたジェンダーと芸術に関する書籍のうち、とくに読みやすく現在も手に入れやすいものを中心に選書のご提案をしたい。ジェンダーやセクシュアリティと芸術表現に関して、お読みいただきたい本をここに紹介する。なお、グリゼルダ・ポロック(邦訳1998)『視線と差異―フェミニズムで読む美術史』などの名著の邦訳も出版されているものの、現在手に入りにくいものは仕方なく除外している点をご容赦いただきたい。 

 現代美術、美術史、視覚文化論のような分野の書籍が主となるが、治部れんげのいわゆる「炎上CM」の問題点について指摘した『炎上しない企業情報発信』も含めた。なぜならば、美術史において長らく指摘されてきた見る/見られるといった関係の権力性やその構造については、炎上CMの問題点と根底ではつながっていると考えるからである。

 ジョン・バージャー『イメージ―視覚とメディア』は、BBCの番組「ウェイズ・オブ・シーイング」をもとにしたテキストで、西洋絵画だけでなく広告にも対象を広げ、一種の視覚文化論として書かれている。絵画に描かれた女性の裸体についての分析では、描かれる女性の身体への意味づけ、「視ること」と「所有すること」の対応関係、「視る」視線が内面化される作用に言及している。実際にも、美術館に所蔵されている作品では女性は圧倒的に客体、視られる存在であり、女性作家の作品は少ない。このことを問題視したのは匿名アーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」であるが、このように主体的に制作を行う女性作家についての書籍をつぎから紹介したい。北原恵『アート・アクティヴィズム』は先ほど紹介したゲリラ・ガールズ、シンディ・シャーマン、ジェニー・ホルツァーなど、家父長制的な「視る/視られる」の関係に抵抗・転覆させようとする作品群が多く掲載されており、初学者でも読みやすい。吉良智子『女性画家たちの戦争』や中嶋泉『アンチ・アクション―日本戦後絵画と女性画家』は、美術史、美術批評における女性作家の不可視化に抗った美術史の実践である。『女性画家たちの戦争』は戦時下における女性画家の活躍を描いている。長谷川春子、桂ゆき、三岸節子、そして女性画家の制作集団「女流美術家奉公隊」といった事例が挙げられている。この切り口は芸術と社会が決して切り離されてはいないことを示してくれる。中嶋泉『アンチ・アクション』は、草間彌生、田中敦子、福島秀子の3名の作品を取り上げ、195060年代のアクション・ペインティングの時代に独自の作風(=アンチ・アクション)をつくりあげたことを指摘した。筆者が2020年に上梓した『生きられる「アート」―パフォーマンス・アート《S/N》とアイデンティティ』は芸術と社会の相互作用について、着目した著作である。1994年に発表されたパフォーマンス・アート《S/N》におけるマイノリティのカミングアウトが、その当時の社会的文脈においてどのように創作され、どのように影響を与え得たかについて分析を行った。美術手帖20212月号は、「ニューカマー・アーティスト100」の特集だが、推薦者を男女5050としている。また、「新時代のためのアート・プラクティス」として、芸術分野におけるハラスメント防止ガイドラインやジェンダー・ギャップに関する新たな試みについての記事が掲載されている。

 これらの書籍はこれまでの芸術とジェンダー/セクシュアリティに関する知見を与えてくれるとともに、未来のありうべき批評や研究についても示唆的である。どうかお読みいただきたい。

 

【選書一覧】

中嶋泉『アンチ・アクション―日本戦後絵画と女性画家』は出版社で品切れとなっており、入荷の予定は未定です。申し訳ございませんが、入荷の予定が立ちましたらご案内させていただきます。
















中嶋泉(2019)『アンチ・アクション―日本戦後絵画と女性画家』ブリュッケ
中嶋泉『アンチ・アクション―日本戦後絵画と女性画家』ブリュッケ、2019年



竹田恵子(東京女子大学 女性学研究所 准教授)

大学教員。EGSA JAPAN代表。専門は社会文化学、表象文化論、ジェンダー/セクシュアリティ研究。
主な編著書に「社会の芸術/芸術という社会ー社会とアートの関係、その再創造に向けて」(共編、フィルムアート社、2016年)、「出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ」(共著、2016年)、The Dumb Type reader(分担執筆、Museum Tusculanum Press, 2017年)





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