アート × 音楽

 中川克志(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院 准教授)

1. 大友良英『音楽と美術のあいだ』(2017)
2. アラン・リクト『サウンド・アート』(2010)
3. 中川真『平安京 音の宇宙』(2004)あるいは中川真『サウンドアートのトポス』(2007)
4. 徳丸吉彦『ミュージックスとの付き合い方 民族音楽学の拡がり』(2021)
5. 若尾裕『サステナブル・ミュージック――これから持続可能な音楽のあり方――』(2017)

 

「アートと音楽」をテーマに選書とコメントの依頼をいただきました。アートと音楽の境界線にあるものとか、そもそもアートと音楽の境界線について考えるのに役立ちそうな本を選んでみました。 

「音楽と美術のあいだ」大友良英

   

 

 

 

 

 

        

1.

 まず、大友良英『音楽と美術のあいだ』(2017)をおすすめします。
 大友さんは、世界中で即興演奏したり、プロジェクトFUKUSHIMA!やアンサンブルズ東京で視聴者参加型イベントを継続的に実施したり、「あまちゃん」や「いだてん」の音楽を担当したり、「大友良英のJAMJAMラジオ」を10年以上続けていたり、驚くほど広範な領域で活動する音楽家です。そんな大友さんは、2005年のある日、〈音楽が展示された展覧会〉に遭遇して衝撃を受けます。〈音楽は演奏されるもの、美術は展示されるもの〉という考え方がありますが、そこで展示されていたのは、動いたり音を発したり光ったりする「展示的な音楽」でした。つまりは大友さんは、音楽と視覚美術とのどちらにも簡単に分類できないような活動の面白さに目を開かれたわけです。本書では、大友さんが、音楽と美術との境界線について考えたり、両者のどちらとも区分できない境界線で活動するアーティストと対談しています。自分よりずいぶんと若いアーティスト(毛利悠子、梅田哲也、堀尾寛太)や、50年以上もこうした領域で活動してきた年上のアーティスト(刀根康尚、鈴木昭男)や、90年代以降に独特の活動を展開し始めた時期からの同士(Sachiko M)と対談する大友さんの語り口は、丁寧で親しみやすいです。本書前半で大友さんの語りを触発して次々と新しい話題を引き出していくインタビュワー(畠中実)の手際も見事。「音楽」と「美術」の違いはしょせん言葉の問題に過ぎないのかもしれないけれど、何となく気になる方はぜひ。




「サウンドアート」アラン・リクト 「サウンドアートのトポス」中川真
2と3
 「サウンド・アート」というジャンルがあります。これは、実は、歴史的に確定できるきちんとした動向だったり厳密な定義を持っていたりするジャンルではありませんが、〈音のある美術〉とか〈新しい音楽〉を漠然と指すレッテルとして、1980年代辺りからアートと音楽の境界線で使われているように思います。この漠とした領域について概括的に知るために、アラン・リクト『サウンド・アート』(2010)をおすすめします。芸術における環境への関心とサウンドスケープの思想との接点から、現代美術において音楽が重要な契機である事例――抽象表現主義とニューヨーク楽派、音響詩、ヴィデオ・アート、パフォーマンスなど多数――まで、アートにおける音と音楽の問題を概括的に紹介してくれます。実はリクトは2019年に『Sound Art Revisited』という本(未邦訳)も書いていますが、そちらより、図版と作家解説の充実ぶりが素晴らしいです。
 また、1980年代からサウンド・アートを積極的に紹介してきた中川真という先駆者がいます。その中川真『サウンドアートのトポス』(2007)もおすすめです。こちらは、中川真の考えるサウンド・アート特有の美的体験が分析されており、〈音楽聴取ではない、芸術としての音響聴取〉とはいかなるものか、を考えるのに役立ちます。ある一定の時間枠で区切られた音楽作品という統一体を聴取するのではない、音響聴取とはどのようなものか。その思考は刺激的です。できれば1992年に出版されて2004年に増補版が出た中川真『増補版 平安京 音の宇宙』(2004)(の16章)もおすすめしたいのですが、こちら、残念ながら現在絶版のようです。京都を舞台に過去と現在のサウンドスケープを自由自在に探究する抜群に面白い本です。


 

「ミュージックストの付き合い方」徳丸吉彦 「サスティナブル・ミュージック」若尾裕 

4と5
 さて、ところで、「アートと音楽」という言い方には少しひっかかりを感じます。「アート」は「視覚美術」だけを意味することが多いからです。しかしもちろん、多くの場合、音楽もアートです。「アート」は「音楽」を包含しますが、「アート」と「音楽」とは別個に扱われることも多いように思います。「美術と音楽」という言い方が「猫と犬」という言い方に似ているとすれば、「アートと音楽」という言い方は「犬と柴犬」という言い方に似ています。
 ただし、です。こうした事情を音楽の側から考えてみると、また別の事情が浮かび上がってきます。つまり、音楽には、アートとしての音楽もあるが、アートではない音楽もたくさんある。例えば礼拝や埋葬など宗教的儀式のための音楽、田植えや収穫の際の民俗音楽、電車の発射音、パソコンの起動音等々です。そうした音の連なりはそもそも音楽と呼べるのか、あるいは音楽と呼べるとしてもそれらはアートなのか等々。
 つまり、音楽とは、必ずしも、美術と併置される対等なカテゴリーであるともアートに包含されるカテゴリーであるとも限りません。こうした事情を簡潔に上手く整理するのは至難の業ですが、まずは、アートとは視覚美術だけを意味する言葉ではないことをふまえたうえで、「音楽とアート」の関係や「音楽におけるアート」の問題について考えるのに役立つ本を二冊おすすめします。
 徳丸吉彦『ミュージックスとの付き合い方 民族音楽学の拡がり』(2021)は、さまざまな種類の音楽(ミュージックス)の長年に渡る比較調査に基づき、音楽文化の多様性を教えてくれます。平易な語り口で要点を押さえた達意の文章は、音楽文化を楽譜や録音物に基づき作曲家中心に考えてしまう私たちの常識を、解きほぐしてくれます。また、若尾裕『サステナブル・ミュージック――これから持続可能な音楽のあり方――』(2017)は、西洋芸術音楽の作曲家として訓練されてきた著者自身の身体と言葉を徹底的に鍛え直し、私たちの体に染み付いている西洋音楽中心の文化的枠組から離脱して自由に音楽について思考しています。例えば、18世紀以降の西洋芸術音楽から20世紀以降のポピュラー音楽をひとことで「情動言語化された音楽語法」と整理する大胆な要約力は、爽快です。いずれも、私たちが気づかずに囚われている色々な常識を引き剥がす胆力のある本です。

以上、アートと音楽について考えるために役立つと思う本をおすすめしました。お役に立てば何よりです。



 

中川克志(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院 准教授)
音響文化論(サウンド・アート研究と音響メディア論)。共著『音響メディア史』(ナカニシヤ、2015年)、共訳ジョナサン・スターン『聞こえくる過去』(インスクリプト、2015年)。「サウンド&アート展 見る音楽、聴く形」(千代田アーツ3331、2021年11月6-21日)と「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展(東京都現代美術館、2021年11月20日-2022年2月23日)の展覧会図録に寄稿しました。細川周平(編著)『音と耳から考える――歴史・身体・テクノロジー――』(アルテスパブリッシング、2021年)に「日本における〈音のある芸術の歴史〉を目指して――1950-90年代の雑誌『美術手帖』を中心に――」という日本のサウンド・アート小史を寄稿しました。サウンド・アートの系譜学を扱う単著を準備中。ウェブサイト:https://sites.google.com/site/audibleculture/